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プリトヨト万城目
2010年1月10日日曜日,19:46




――デビュー作の『鴨川ホルモー』は京都、2作目の『鹿男あをによし』は奈良。そして、『プリンセス・トヨトミ』は大阪。3作とも関西が舞台ですね。

◆漠然と三都物語みたいにしたら面白いかな

 デビュー作は学生時代からよく知っている土地ということで、題材に合わせて書いたんです。まあ、漠然とではあったんですが、それで次は奈良で、その次が大阪を舞台にして、三都物語みたいにしたら面白いなと、3年かけて書きました。もっとも今の住まいは東京なので、これまでの3冊はすべて東京で書いたものです。大阪に戻って書きたいという気持ちはあるんですが、そうするとなんとなく小説が面白くなくなってくるような気がするんです。本当は大阪に帰りたいんですよ。あんまり東京という街には馴染まないので(笑)。

 でも、東京は常に何かやっていなければ後ろめたいというような空気がある。人を無用に急かす何かがあります。小説は刺激のあるなかで、ストレスを感じながら書くほうがいいものができる気がします。たとえば、沖縄で、すごい海がきれいな岬の家で青い空と青い海に囲まれて原稿書いたら、いいもの書けるかといったら、ぼくの場合は腑抜けのような小説になると思うんですね。

ぼくが今、大阪に戻って心地いい状態のなかで書くと、多分、小説の質は落ちるような気がします。居心地のいい空気に馴染みすぎて、別にこんな頑張らなくてもいいやと。おそらく、だらだらしてしまうでしょう。


――「プリンセス・トヨトミ」は「別冊文藝春秋」(08年1月号~09年1月号)に連載されたものを単行本にしたものですね。5月末日の木曜日、大阪で病院などを除いた商業、交通機関が停止した。実はその10日前、会計検査院の調査官3人が実地検査のため大阪を訪れる。そこで、大阪には「大阪国」というもうひとつの国が存在していたことを知る――あまりにも奇想天外なので、いったいどう展開していくか先が読めませんでした。ストーリーに行き詰まることはなかったのですか。

◆苦しみながら書いた1年間

 ストーリーは最後まで作ってから書きはじめたので、多少、肉付けはしましたが、おおまかな展開は最初から考えていたとおりです。だから、書いていてつまずきはなかったですね。ただ、ぼくは文章を書くのが遅いので、常に苦しみながら書きました。スムーズに書けたところがほとんどなかったです。

こういうことを書こうとか、こういうふうな感じで終わらせようというイメージは持つのですが、なかなか自分のなかでこれという形に行き着かない。

原稿枚数は1日に400字の原稿用紙で平均5枚いくか、いかないかのペースでしたね。これを書いていた1年間は昼夜、ほぼ逆転で夕方ぐらいに起きて夜の10時から朝まで書くっていう感じでした。眠くなるまで書いていたので、寝る時間がだんだん後に延びていって。ひどかったです。


――『プリンセス・トヨトミ』には登場人物が盛りだくさんですね。会計検査院第六局副長の松平元、部下の鳥居、内閣法制局に出向経験もあるハーバード大学出身の才媛、旭・ゲーンズブール。大阪市立空堀中学2年の真田大輔と橋場茶子。大輔はセーラー服で登校し、茶子は男まさりの活発な少女。大輔の父親・幸一は「空堀商店街」のお好み焼き屋「太閤」の店主。読み手の受け取り方によっても異なるのでしょうが、キーマンは誰なのでしょう。

◆「松平」「旭・ゲーンズブール」のやりとりで、秘密の仕組みが明らかに

 会計検査院パートでは会計検査院の松平、空堀中学校パートでは大輔を軸として書きました。会計検査院のパートで特に気を配ったのは松平と旭・ゲーンズブールとのやりとりですね。このふたりの話を通じ、小説の核になる秘密の仕組みが読者に知れてくる。会計検査院パートが繊細さが求められる分、空堀中学校パートは躍動感あるように書こうと努めました。


◆コテコテのイメージにはしたくなかった

 大阪が舞台だからといって、阪神タイガースとか、お笑いとか、そういうコテコテなイメージにしたくなかった。意識的にコテコテは避けようと心掛けました。大輔の父親・幸一のひいきチームは広島東洋カープです。細かいことなんですけどね。登場するおばちゃんたちもあんまりどぎつくないです。「これ、高いわ。まけてや」という値引交渉よりも、人情的な部分でアピールしているでしょうか。それと、商店街の位置づけ。

大阪で庶民的なところとなると、観光イメージでは「通天閣」になってしまう。最初は「通天閣」の下にある商店街を舞台にしてもいいのかなと思ったんですが、ちょっと手垢がつきすぎているので、あえて、「空堀商店街」にしたんです。それはそれで、知られてなさすぎるのではという心配はありましたけど。

 実際、「空堀商店街」は大阪の人でも知らない人が多いと思う。聞いたことはあるが、どこにあるか知らないというような。でも、そのぐらいの存在の商店街にしたかったんです。後は、商店街に住む中学生の描き方です。大阪というと、下町の小学生だとどうしても「じゃりんこチエ」の世界になってしまう。

「じゃりんこチエ」の雰囲気を出さずに、大阪の子供を書けているのかという恐れは常にありました。大阪に興味ない人がこれを読んで、大阪っぽいということを感じるのかなと。


――これからはどういう小説を書いていくのですか。“マキメカラー”を踏襲していくか、それとも、新境地を開拓していくのですか。


◆元々は歴史小説家志望

 そのことは、最近よく考えるんですが、賢く、少しずつ色を変えていこうかと思っているんです。いきなり、変えるのは得策とは思わないので、読んでいる人が気づかないうちに変わるようにしていけたらいいなと。でも、どんな話を書いても、文章のリズム、雰囲気はあまり変わらないと思う。元々は歴史小説を書いてみたいと思って小説を書き始めたので、いつか挑戦したいとは思っています。中島敦のようなしっかりした感じのものを書きたいですね。



万城目学(まきめ・まなぶ)1976年生まれ、大阪府出身。京都大学法学部卒業。06年第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビュー。2作目の『鹿男あをによし』で第137回直木賞候補となり、08年にテレビ化され話題を呼ぶ。『プリンセス・トヨトミ』で第141回直木賞候補に。ほかに『ホルモー六景』、エッセイ集『ザ・万歩計』がある。「今、小学1年生の女の子と猫の話を書いています。出版されるのは早くて秋の終わり頃になると思う」(ちくまプリマー新書から刊行予定)



 「そのときのベストセラーだったり、人が面白いよと言っている本はなるべく読むようにしています」。最近、読んだのは『天使と悪魔』。他の作家との横の繋がりは特になく、普段のコミュニュケーションの相手はおもに編集者と学生時代の友人たち。「みんな会社に勤めているので、会社帰りに待ち合わせて飲みに行くこともあります。友人たちはスーツだったり、開襟シャツだったりしますが、ぼくはTシャツ(笑)。お酒はそんなに飲みません」

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